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INTERVIEW

アンビエント音楽の魅力を展覧会を通して知る

interview

「BRIAN ENO AMBIENT KYOTO」が9月3日までの3ヶ月間、京都中央信用金庫 旧厚生センターで開催されている。ブライアン・イーノが手掛けた音楽と光のビジュアルアートを中心に、展示が行われている。この展覧会を主宰するTraffic代表・中村周市さんにお話をお聞きした。(インタビュー・文/西村紬)

──ブライアン・イーノ展を開催する経緯を教えてください。

中村周市:ずっと音楽レーベルをやっているんですけど、音楽の作品を出すだけじゃなくて、音楽に関わるイベントであったり、音楽のライフスタイル全般に関わることをしたいと思っていたんですね。その中で、京都はアンビエントとか電子音楽と凄く合う土地だと感じたところがあって、5年前に知り合いのブライアン・イーノのマネージャーに打診しました。

──開催時期は、ブライアン・イーノさんのスケジュールとか会場の都合で決定したんですか?

中村:そこはすごく運が良くて実現できました。イーノは3年先ぐらいまで全部スケジュールが埋まっているということで大変で。でも、展覧会場となった京都中央信用金庫さんの特別なはからいをいただいて、都合がつきました。

──ここ(京都中央信用金庫 旧厚生センター)を選んだ、会場選択で重要視した点を教えてください。

中村:いくつか候補はあったんですけど、うちのコア・メンバーであるCCCアートラボの磯谷さんからこの建物を紹介してもらったんですが、他に無い非常に個性的な、そして築90年の歴史ある素晴らしい建築物は、特別な空間になると思ったからです。

 あと、既存の美術館と違って特別な空間を作り込めるっていうところがよかったですね。あとイーノ側もこの会場をとても気に入ってくれたので、双方合意の受け決定しました。

──別のイベントでここが会場になっていて、来たことあるんです。今回入ったら全然違っていて、すごく作り込まれた感がありましたよ。

中村:イーノ側からのお願いとして、いわゆる会場全てがインスタレーションの場になるようにとのことで徹底して、細かいところまでやりとりしたんです。

──具体的に内装自体を変えたところはありますか。

中村:イーノ側からは、オフィスな感じを一切排除してほしいということでした。天井からトイレまで全てアート空間にしてほしいと。

──確かに、オフィス感が全然ないですもんね。基本灰色の感じだったじゃないですか。光も結構入っていたし。

中村:会場設営は、基本、京都チームと実行委員会の(株)TOWの竹下さんが中心となって行いました。音響は東さんっていう山色音オーナーの方で、防音とかも含めてやっやっていただきました。会場内外のアート・プロダクションは、イーノ側のリクエストを元に、双方相談しながらRYUさん、dot architectsさんが中心にやっていただきました。

 コアメンバーで盆栽をしつらえていただいている 、川﨑さんという方がおられます。見ていただいたように、盆栽も一緒に展示していて、1週間に1回変えています。あとは77 Million Paintingsにあった北山杉とかね。

──そういう意味でもアンビエントと京都が合っているということですか?

中村:アンビエントっていうのは、環境に溶け込む音楽なので、京都に溶け込むことをしたかったんです。ライフスタイルとか生活に溶け込むぐらいな。本当にその土地に根づいた形でこうやりたいなと思ってですね。お店とか色々行ったときポスターとか見た?

──よく見ますね。それもやっぱり京都での繋がりがあって、貼ってもらっていると。

中村:そうですね。お金払って広告ってことは全然やってないんですけど、京都METROさんのご協力いただいたりしながら、今回そういうところにポスター貼ってもらったりとか、フライヤーを置いてもらったりとかしています。

──行く先々のいいお店にいつもあって。

中村:そうそう、人に伝わっていくのは、濃いところから伝わっていき、その逆の流れはなし、そういうところはとても意識しました。またそれにふさわしい展覧会にせねばという気持ちで準備もしていきました。

建築

展示をさらに魅力的にする空間づくり

──The Lighthouseとかの展示を見ていて、会場自体も音響がいいのかなと思っていたんですけど。

中村:会場自体の壁の厚さとか本体とかが素晴らしくて。昭和初期の建築なんですけど。今年、耐震検査をしたらしいんですよ。そしたら耐震基準を全て基準をクリアしていたそうです。90年前の建築なのに。やっぱ建物自体が楽器のボディーだとすると、ほんと最高のボディだったんです。やっぱり音がいいって、建物も関係しているのかなとか思いました?

──思いました。もちろんスピーカーがいいのはわかりますけど、全然違うなと思って。ここの響きだけでも普通の建物とは違うし。

中村:壁がぶるぶると震えると、それで音が悪くなる。しっかりした建築じゃないといい音が出ない。ここは本当にちゃんとしているんですよ。ブライアン・イーノのマネージャーが来た時に、最初から普通の美術館と全然違うこのような場所でちゃんとできるっていうことをすぐわかってくれたのがよかったです。  

 あと、ブライアン・イーノ自身は、グローバル経済ってことに対して反対をしている人なんですね。アンチ・グローバル経済の人なので、メガバンクだったら絶対できてないです。中信さんは、地元に根ざした銀行だっていうことに共感してくれました。

 アート・ディレクターはイーノのインスタレーションをずっと担当しているイギリス人です。彼とはずっとzoomミーティング等でやりとりをして、設計を見てもらいながら、半年ぐらいやりとりしたんですけど。最後の、展覧会の始まる10日ぐらい前に京都に来て最後調整をしました。

──全体の展示に関してなんですけど、香りが特徴的だったり、靴を脱ぐスペースがあったりしました。これは人間の五感にアプローチするためのものですか?

中村:そうですね。まず靴を脱ぐっていうのは日本側の提案です。海外だと靴を脱がないけど、リラックスするために靴を脱いだ方がいいと提案したら、受け入れてくれました。香りに関しては、音楽より香りが先に出ちゃうと本末転倒なので、自己主張のない香りを選んでいます。絶対どこも切れることがないっていう音に関しても、向こうからのお願いです。特に展示スペースからトイレは入ってると今まで浸っていた感覚や空間が切れて、現実に戻ってしまうのを防ぎたかったです。入ってから出るまでずっとシームレスになるようにしました。

──トイレにスピーカーがあったのはすごく目立っていたんですけど、その他にシームレスにするための特別な工夫はありますか。

中村:トイレは、とにかくトイレっぽくないようにしました。向こうからの提案だと、壁の色がほんとに真っピンクだったので、こっちから日本の伝統色を使う提案をしました。せっかく日本でやるから馴染みのある色で作りたいと。だから、壁とかも全部、グリーンとか、青とか、紫とかも全部日本の伝統色に変えてやっているんです。トイレの模様がインスタでたくさん投稿されてますが、展覧会としては異例じゃないでしょうか。

──面白かったのが、靴脱ぐ展示のところでお客さんが、「京都だからか!」みたいに言われていて、全然抵抗感がなさそうにみなさん楽しんで脱ぎ履きされました。

展示

ブライアン・イーノが提唱する「ジェネレイティブアート」に基づく4つの展示

──次に具体的な展示についてお伺いしたいんですけど、大きいテーマとして流動的というのがあって、シームレスな空間作りなどされていると思うんですけど流動の魅力を教えていただきたいです。

中村:ブライアン・イーノが提唱した「ジェネレイティブアート」とは、始まりも終わりもなく、常に変化し続けるっていうアートです。彼は学生の頃からそういう実験をしていて、長年の試行錯誤とテクノロジーの発達とともに、徐々に実現できるようになってきています。そういう川の流れのように、常に変わるけど普遍性がある。変わらないように見えて、ずっと変わっているということを音と光で表現しています。その、始まりも終わりもないことが一番の魅力なんです。各作品で全部そういうことはやられてはいて。The Shipだけは50分の作品をループしているんですけど、それ以外の作品は二度と同じ状態がないです。それに関しては、イーノ自身が提案しているのが、素晴らしい瞬間を見ようとしても次々とまた現れてくるので、だんだん切り取った一瞬に対してこだわらなくなり、その次に現れることに対して身を委ねていくということですね。だから、本当に川の流れのようなものというところを表現しています。

──同じ瞬間がないっていうのは、作品を見ていて気づくんですけど、映像などの視覚的なものと音が合う瞬間もないんですよね?関係性はあるけど、規則性みたいなのは特にないんですか?

中村:そう、ないですね。特に77 Million Paintingsだと、スピーカーが360度にたくさんあるんですけど、個々スピーカー毎に別な音が出ていて、それが常に変わり続けるので、本当に同じ瞬間がないんです。 

77 Million Paintings

──77 Million Paintingsの「視覚的音楽」というのが、すごく興味深かったんですけど、どうしても繋がりを求めてしまいます。この音にはこんな色や形じゃないかと考えてしまうんですけど、同じような音に聞こえても、目で見る色が違ったら違う音に聞こえました。それこそ「視覚的音楽」なのかなと。

中村:確かにそういうのもあるよね。発見はもう人それぞれに無限にあると思います。

The Ship

 ──The Shipのスピーカーの数と種類の多さにびっくりしたんですけど、違う音が出ているのに加えて、音質をちょっと変えてあったりとかはありましたよね?

 中村:変えてあります。座っていて音の強弱の違いとか音圧の違いを感じると思います。1個1個のチャンネル全部に音の強弱がついていて。全然ビジュアルはないですけど、逆に余計神経が研ぎ澄まされるんじゃないかな。

──暗闇でみんな目をつぶって音に集中していますね。

中村:いや、あれね床に寝転がったり、人それぞれのスタイルでその空間に没入してますよね。

──薄っぺらい音を出しているスピーカーもあるのかな。入り口の上の方にあったスピーカーから、音質の悪いラジオみたいなのがずっと流れていて、それも面白かったです。

中村:それは音質もあえて変えていますね。

Light Boxes

──Light Boxesについてなんですけど、色と色がしっかり区切られているボックスが2個あって、区切られてないボックスがあるじゃないですか。1つだけ構造や配置が違うのに理由はありますか?

中村:イギリスのディレクターから配置の指示が来ていました。Light Boxesは、展覧会の展覧会の図録に掲載されているイーノのエッセイに詳しく書かれているんですが、アート学生の時代からこの光の実験をやっています。ボックスの中に仕切りを入れて電気を切ったり、それによって色んなバリエーションができたりするということを。

Face to Face

──Face toFaceの展示は世界初公開が今回ということですが、それが日本だったということが興味深かったです。日本人やアジア人っぽい人が全然出てこないじゃないないですか。それに疑問を持ちました。

中村:アジア人はでてきますね。人種、性別、年齢の違う様々な人の顔が徐々に交わっていく様を見ることによって、人それぞれに感じるところはあると思います。境界線がないというところでいうと、女性から髭がでてきても、なんだか不思議と違和感ないですね。

──3階から案内されて、だんだん1階に進む導線があったんですけど、それが沈むようなイメージがありました。体感的にも下に下がっていて、最後に77 Million Paintingsのソファーでずっとゆっくりできる空間作りがあったんですけど、工夫された点はありますか?

中村:そうですね。77 Million Paintingsはイーノの代表作でもあるだけに、1番最後に見てほしい作品というのはありました。まずはThe Shipというとても没入感のある展示を最初に見ると、いきなり別の世界に身を委ねることができると思います。

──The Shipをもう1回聞きにいらっしゃる方とか多いですね。

中村:入場して最初の展示がThe Shipのとても暗い部屋というのも面白いですね。全部回った後に、もう一回気になるから行ってみるというね。また新たな発見があると思います。そこで暗い空間とか、音の聞き方に慣れて、こうやって見るものだなっていうのがわかるっていう。色んな五感が研ぎ澄まされていく感じがあるから、それで他の作品を見るといいですね。

今後の活動

ブライアン・イーノ展だけでは終わらない。
アンビエント音楽と京都でのライフスタイルの関係性

中村:「AMBIENT KYOTO」は今後も続けて行けたらいいなと思っています。まだ何も決まってないんですけど、1回やってそこで終わりみたいな感じじゃなくて、都市とか地域に根づいた展開をやっていきたいなと思うんです。1回やって終わりだと盛り上がって何も残らないとか、そういうのではなくて、本当にライフスタイルの中に馴染んだ形でやっていきたいです。

──「AMBIENT KYOTO」としてということは、アンビエント音楽とかを扱う?

中村:そうですね。でもアンビエントっていうのは音楽ジャンルでもあるんですけど、もうライフスタイルの1つっていう捉え方もできて。だから音楽ジャンルって言いながらも、今後もより文化とか生活にまで広げた形でやっていきたいなと思います。

盆栽から伝わるもの

沈み込む、ブライアン・イーノ展。

非日常体験の先にある日常