「皿洗いで飯代タダ」お腹も心も満たしたい/餃子の王将出町店 井上定博さん(執筆:田中亮)


今出川通りから狭い路地に入ったところに、ひっそりと佇む餃子の王将出町店。厨房には店主と奥さんと、アルバイトの3人のみ。ここは数ある王将の店舗の中でも異質な存在で、カウンター席のみの店内にはメニュー表が無く、ひとつひとつ紙に書かれたメニューが壁じゅうに貼り付けてあり、他の王将には無い独自のメニューが目立つ。よく見ると、他の王将チェーンに比べて値段設定が明らかに安い。そして何よりも目を惹くのが、この貼り紙である。

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めし代のない人 お腹いっぱいただで食べさせてあげます。
但し食後30分間お皿洗いをしていただきます。
18才以上に限ります。

時給を900円として考えても30分皿洗いしてやっと450円ぶんの労働力だから、定食などを食べれば明らかに店にとって損失である。こんなぶっ飛んだ企画を思いつくなんて、一体店主はどんな人物なのか。次々に常連らしきお客さんが来店する中、隙を見つけて取材させていただくことができた。

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■金なんて後からついてくる 

20年以上もの間、この地で店を営み続けてきたという店主の井上定博さん。京都大学や立命館大学などが近くにある土地柄、学生客が特に多いようだ。さっそく例の張り紙について話を伺うと、どうやら皿洗いを希望する学生は近頃はあまり来ないらしい。やはり「恥ずかしい」「キツそう」といった思いから、なかなか一歩を踏み出せないのだろうか。しかし話を聞くと過去には週に3,4回来て毎回皿洗いをする者や、3日ほどろくに飯を食べておらず皿洗いでなんとか飢えを凌いだ、という者までいたという。何度もタダで飯を食べさせてもらっているから、善意で一時間以上皿洗いを続けてくれたこともあったんだとか。
「損だと思わずに、人の為だと思って幸せをお裾分けしてれば、金なんて後からついてくる」。井上さんの印象的な言葉である。実は彼自身も学生時代は結構苦労していたらしく「同じ苦しみを今の学生に味わせたくない」という思いから、店を始めた当初から現在までこの取り組みを続けているそうだ。「集団で来て、そのうちの一人や二人が金を払わずに店を出ても分からないし、追いかけて説教するつもりもない。ただその人が後々になって、”あの時王将のおっちゃんに食わせてもらったおかげで今の自分が少し豊かになったんだな”って思い返して、また食べにでも来てくれたらそれが嬉しい」。もちろん食い逃げはしてはいけないし、それを甘く見るのが良い人間だとも思わないが、井上さんはあくまで金に執着せず、お客さんの喜びを第一に考えているのだ。「ご飯でお客さんのお腹だけでなく心まで満たしたい」。そんな井上さんの情熱がひしひしと伝わってきた。

■世界中を飛び回ってる人は、みんな出町の王将に通ってた!

店をやっていて一番嬉しいのはどんな時かと尋ねると、「かつて毎日のように食べに来てくれた学生が、久しぶりにあいさつしに来てくれた時」と答えてくれた。例えば現在は小説家として活動しているというある女性は、かつてこの店に入り浸っており、何度も唐揚げをサービスしてもらっていたという。そんな彼女が自身の小説の中で、この店での唐揚げのエピソードを題材にしたことまであったそうだ。他にもお世話になった学生が一升瓶を持ってプレゼントしてくれたり、さらには話を聞いた学生の親があいさつに来る、なんてこともあったらしい。
 また、井上さんのお子さんの大学受験が決まった際には、その大学に通っている常連客がかつて使った赤本をごっそり譲ってくれた、というエピソードもあったという。「人の子どもを大切にしていると、いつか自分の子どもに返ってくる」と繰り返していた井上さん。まさにその通りである。
「いま世界中を飛び回って活動している人っていうのは、みんな出町の王将に通っていた」そう語る井上さんの目は真剣だ。さすがにそんなことはないと思うが、そう言われても納得してしまうほどの人情味を感じた。今すぐにでも扉が開いて大物メジャーリーガーなんかが「いつもの!」と言いながら席に座っても違和感が無いような、そんな雰囲気を醸し出していた。
私がご飯を頂いている最中も、電話で餃子2人前テイクアウトの注文が入ると、店主が奥さんに「3人前入れといて」とこっそり伝えているのが聞こえた。「井上さんの顔が見たかってん」と言いながら席に着いた常連さんがいた。私が店に居座っていた数十分の間にも、いかにこの店が地域の人から愛されているかが分かった。

■奮闘する知的障害をもつ青年

食べ終わると、伝票が無いことに気付く。大抵は記憶してくれているが、混雑時などは自己申告性だ。帰り際には割引券とガムを頂いた。こういった小さなサービスも、この店が愛される理由の一つだろう。狭い通路の壁には、この店のことを取り上げた新聞記事などが所狭しと貼り付けてあった。それを見て知ったのだが、店主たちに混じって働いていたアルバイトの男性は、実は知的障害を持っているらしい。今でこそ仕事をテキパキとこなしているものの、やはり最初はうまくいかず苦労していたようだ。そんな彼を必死でサポートしてこれたのも、井上さんの「苦労している人を支援したい」という思いがあったからだろう。
 店は他と比べるとかなり狭いが、誰よりも器の大きな店主が営む餃子の王将である。

■取材を終えて

私自身アルバイトで日々たくさんのお客さんを相手にしているが、たまにお客さんのほうから話しかけられる時がある。そんな時、それまでの機械的な接客からふと我に返って、自然と笑顔になり元気が貰えた気分になる。マニュアル化された接客が要求されるチェーン店が増加する今日において、客と店が対等の関係で交流できる場は徐々に無くなりつつあるのではないか。今回井上さんの話を伺って、ここは商売としての飲食店というよりは、交流の場としての飲食店だと感じた。皿洗いで飯代無料、10分で餃子5人前食べきったら無料など、他では真似できないようなアイデアで幅広い年代のお客さんを虜にする井上さんは、まさにソーシャルデザイナーであるといえよう。

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餃子の王将 出町店
〒602-0824 京都市上京区河原町今出川西入る二筋目上る一真町70
Tel: 075-241-3708
営業時間: 11:30~23:00
定休日: 月曜日