『白鳳カフェ』地産地消の目指す先へ/伊賀白鳳高校卒業生 奥勇輝さん(執筆:古口 舞人)


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農林水産省は8月9日、2016年度の食料自給率が15年度に比べてカロリーベースで1ポイント減の38%、生産額ベースで68%と2ポイント増となった事を発表した。このように日本の食料自給率は低いことが様々のところで散見される。筆者はまずはこの問題に取り組む第一歩目として、やはり地産地消が求められる時代ではないかと考え、筆者の友人である奥勇輝氏が高校時代に取り組んだ興味深い企画についてインタビューを試みた。

■伊賀白鳳高校「白鳳カフェ」

奥氏の母校、三重県立伊賀白鳳高校。商業、工業、農業の3つの専門学校が合併してできた普通科の無い高校である。そして小見出しに書いた「白鳳カフェ」とは、地元のイベント会場を借りて、農業科がつくった作物と工業科がつくった製品を商業科の生徒たちが販売するという生徒主体の取り組みのことだ。
彼がこの取り組みに参加し始めたのは高校2年の秋からである。彼は農業科を選択して学んでいたが、いずれ農家になった時、作物の生産だけでなく、自分が育てた作物を使ったカフェやレストランを営むことも構想に入れていた。だから、実際に食品の加工や販売に携わりたいと思ったのが、参加のきっかけだったそうだ。
白鳳カフェは企画が始まってまだ5年しか経っていないが、イベント会場では毎回満員になり、隣の名張市からも商品をお買い求めに来られる方もいるほど、既にその程知名度は高い。彼は、そんな大きなイベントだとは知らずにこの取り組みに参加することになる。

■初めての白鳳カフェ

奥氏はもともと口下手で、接客も経験したことがなく、緊張で落ち着かなかったようだ。開店前の準備の時も、接客の際の言葉遣いの練習をしたり、何度も商品の値段を確認したりと、とにかく落ち着きがなかった。不安だらけの中、白鳳カフェが開店した。始めの「いらっしゃいませ」は誰よりも大きかった。しかし彼の前に客が来るやいなや、彼は言葉が詰まり、何も言えなくなってしまった。練習していたオススメ商品の紹介もできずに、客は自分で気に入ったものを彼の前に置き、「これ、ちょうだい」とだけ言った。この時、彼の頭はパニック状態で、言葉と思えないような言葉でお会計を済ませてしまったそうだ。
しかし、2人目、3人目と数をこなすうちに彼も次第に慣れていき、大きな声で練習通りの接客ができたという。やがて白鳳カフェも閉店に近づき、客も少なくなっていた頃、彼の父親が来店した。彼は客が自分の父親であろうと、丁寧な接客を心掛けていた。そして父親は帰り際に「よく頑張ったな」と彼に一声かけた。
最後の客も帰り、閉店の片付けをしている時、彼は頭の中で「よく頑張ったな」という言葉をずっと反芻していた。そう、最初は緊張もあったが、彼の初めての白鳳カフェは大成功に終わったのだ。

■最後の白鳳カフェ、そして学んだこと

初めての白鳳カフェから1年後、春にも一度白鳳カフェを経験してから4回目のとうとう最後の白鳳カフェ。奥氏は最上級生になり、自らが率先して店の準備や商品の陳列に勤しんでいた。初めての白鳳カフェとなる下級生にも指示を出したり最上級生らしい振る舞いをしていた。
そして開店。彼は声を張り上げて「いらっしゃいませ」と言った。下級生も彼に負けじとそれに続く。店内が活気にあふれ始めた頃、彼の前に1人の客が商品を持ってきた。
「これちょうだい」
彼は初めて接客したときの客を思い出していた。そして「自分は白鳳カフェに、そしてこの地域の方達にも育てられたんだ」と強く感じた。彼は嬉しくなり、それからは笑顔を絶やすことなく接客を続けられた。
客足が落ち着いてきた頃、彼は販売スペースからカフェスペースに呼び出された。カフェスペースでは何人かの生徒がケーキを食べていた。
「そこ座ってケーキ食べて休憩しな?」
先生が言った。
彼は「頑張っていればいいことあるもんだ」と自分の頑張りが認められたと満足してケーキを食した。販売スペースに戻った彼はケーキを貰った分、より一層頑張った。
閉店に近づくにつれ、彼の頭は「これで最後の白鳳カフェか・・・」ということでいっぱいになった。
「あんたいい声やね」「こないだも兄ちゃんおったな」「ようがんばっとるね」
お客様に言われた言葉が思い出された。そしてとうとう彼の最後の白鳳カフェも閉店となった。たくさんの先生方から労いの言葉がかけられ、部活動を引退するときのような大きな達成感と喪失感に包まれた。

■繋がって、広がっていく

始めは少し経験するだけだと軽い気持ちで取り組みに参加したが、いつの間にか誰よりも一生懸命に白鳳カフェを盛り上げようとしていた。不安な接客も、地域のお客様の温かい言葉で支えられて今では褒められるような接客になった。
この白鳳カフェで学んだ一番大事なことは経営的なことでも、美味しいケーキを作ることでも、オススメ商品を売ることでもない。一番大事なことは地域の方と触れ合い、絆を深めることの重要性を知ることだ。人間は1人では生きていけないし、必ず誰かの支えが必要になる。その時に力になってくれる人は家族、友達、そして地域の方だ。そのつながりを築くためにも地産地消は非常に大切になる。自分が作ったものを、地域の方に食べてもらい、自分を知ってもらう。低い食料自給率も問題ではあるが、地域とのつながりの減少も現代の日本においては問題である。その両方の問題の改善のためにも地産地消は役立つのでは無いかと、奥氏は言う。

■取材を終えて

私と奥 勇輝 氏は高校からの付き合いで、今も頻繁に連絡を取り合う仲だが、彼がもともと通っていた高校は三重の高校ではなく、私の母校でもある桂高校なのだ。3年の初めに転校してしまった彼の三重での普段の生活を、私は知る由もなく、取材をしていると私の知らない彼の一年間が見えてきて非常に新鮮だった。そして白鳳カフェでの彼の話を聞いて、今まで考えたこともなかった地元の特産品や名物などを意識するきっかけとなった。やはり今までの自分を作り上げてきた地元というのは特別で、ある意味自分のルーツになる場所や人物などが見えてくる。これからの未来をより良いものにするには様々な物、人と繋がって広がっていく、ということが重要であると再認識した取材だった。