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Spotifyで「unpopular pop」と検索すると、数十件のプレイリストがヒットする。殆どは一般ユーザの公開しているもので、世界各地の、極めて個人的な「好きだけど売れなかったポップソング」たちに耳を傾けることが出来る。ポピュラー文化の「popular」には様々な訳し様があるが、「人気のある」とか「よく売れる」というような意味に即して考えると、これらのポップソングは全くポップではない。プラチナディスクになるまで34年あまりかかったザ・ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』然り、ポピュラー文化は無数のポピュラーでないものによって支えられているとさえ言えそうだ。

「限定的文化生産場」――フランスの社会学者ピエール・ブルデュー1ならそう呼ぶかもしれない。スコットランドの社会学者ニック・プライヤー2は、文化生産に関するブルデュー理論の乗り越えを模索する論文のなかで、グリッチという音響表現が、刀根康尚からOvalやAutechreを経由してマドンナの楽曲に取り入れられるまでを跡付けている。いつの時代にも玄人受けするミュージシャンズ・ミュージシャンはいるし、先端的な表現を追究するアーティストにも事欠かない。グリッチの事例が面白いのは、こうした実験的な音響が、アート音楽ではなく、ポピュラー音楽のほうに展開したことなのかもしれない。マドンナはさておきOvalやAutechreを「ポピュラー音楽」と位置づけるか「アート音楽」と位置づけるかは意見の分かれるところだろう。

あるいは、デジタル技術とインターネットによって裏打ちされた脱マスメディア時代においては、もはや「アート」に対して「ポピュラー」を対置することの意義が薄れているのかもしれない。少なくとも文化の消費に関しては、そのような対立が意味を持たなくなっていることを示唆する調査結果も出ている3。現代においては、アートもポピュラーも幅広く雑食的に聴けることのほうが、文化的卓越化への近道なのであり、そこではクラシック音楽しか聴かないとか、ヴィジュアル系しか聴かない、というような偏食的な文化嗜好こそが「下流」であるとされかねないというわけである。

このような状況のなか、あえてポピュラーではないポピュラー文化を嗜み、あるいは生み出すということは、どんな意味や歓びを持っているのだろうか? 実践者たちは、なにに駆られてアンポピュラーなポップに携わり続けるのだろうか? アンポピュラーなポップは、ポピュラーなポップのなかに、どのようなかたちで滲み出しているのだろうか?

以上の問題意識をもとに、本シンポジウムは香港大学音楽学部教授で映画音楽の専門家であるジョルジオ・ビアンコロッソ氏の基調講演を中心に、二部構成で行うことにした。前半はポピュラーとアンポピュラーの境界線で活躍する実践者による鼎談である。後半は、日本にいるとなかなか見えてこない(聴こえてこない)アジアやアフリカの「unpopular pop」の文化的・社会的位置づけに光を当ててみたい。

2020年2月8日(土)京都精華大学黎明館L101教室

イントロダクション(13:00〜)

佐藤守弘4

I. メディアと現場(13:15〜)

音楽家、ライター、レコード屋、オーガナイザー、ライブハウスの運営など様々な側面で国内外のアンダーグラウンドミュージックに深い関わりをもつ3人のゲストを迎えてアクチュアルな現場と変化し続けるメディアの役割について語ってもらう。

モデレーター dj sniff5

山本佳奈子
ライター。アジア(特に中国語圏)のメインストリームではない音楽や、社会と強く関わりをもつ表現活動に焦点をあて、ウェブzine「Offshore」にてインタビュー記事を執筆。不定期に発行している紙のzineではエッセイを書く。尼崎市出身。
https://offshore-mcc.net

毛利桂
1998年からTechnicsやポータブルプレーヤー、エフェクト等により独自のターンテーブル奏法を模索追究し続ける実験ターンテーブリスト / サウンドアーティスト。 国内外の美術館やフェスに参加。又、京都のパララックスレコードの店長。
http://parallaxrecords.jp

野口順哉
1985年東京生まれ。早稲田大学教育学部卒。2006年、在学中にバンド「空間現代」を結成。ギターボーカルとして作曲に携わる他、作詞も行う。2009年にレーベルHEADZより1stアルバムをリリースして以降、精力的なライブ活動を続ける。2016年からは活動拠点を京都に移し、空間現代のスタジオ兼ライブハウス「外」をオープン。
http://soto-kyoto.jp

基調講演(15:00〜)

音楽/ブリコラージュ/表象:ウォン・カーウァイのサウンドトラック
On the “vernacularisation” of classical music in WKW’s films (and by implication, the Hong Kong mediasphere).

by Giorgio Biancorosso(ジョルジオ・ビアンコロッソ)6

II. アジア・アフリカ・テクノロジー(16:00〜)

ビアンコロッソ教授の基調講演を踏まえ、アナログとデジタルのはざまで身体と表現の関係を模索するメディアアーティストと日本の前衛音楽とマグリブ音楽のはざまで考えるミュージシャンが、アジア・アフリカ・テクノロジーの観点からポップとアンポップのいまを考える。

モデレーター 廣田ふみ7

山口崇洋a.k.a.やんツー
1984 年、 神奈川県生まれ。美術家。2009年多摩美術大学大学院デザイン専攻情報デザイン研究領域修了。デジタルメディアを基盤に、行為の主体を自律型装置や外的要因に委ねることで人間の身体性を焙り出し、表現の主体性を問う作品を多く制作する。文化庁メディア芸術祭アート部門にて「SENSELESS DRAWING BOT」が第 15 回で新人賞、「Avatars」が第 21 回で優秀賞を受賞(共に菅野創との共作)。2013年、新進芸術家海外研修制度に採択され、バルセロナとベルリンに滞在。近年の主な展覧会に「札幌国際芸術札 2014」(チ・カ・ホ、2014年)、「あいちトリエンナーレ 2016」(愛知県美術館、2016 年)、「Vanishing Mesh」(山口情報芸術センター[YCAM]、2017 年)、「DOMANI・明日展」(国立新美術館、2018 年)、「Art Meets 06」(アーツ前橋、2019 年)等がある。
http://yang02.com

渡邊未帆
東京藝術大学大学院音楽研究科博士後期課程修了。「日本の前衛音楽」をテーマに博士号(音楽学)取得。現在、早稲田大学非常勤講師、衛星デジタル音楽放送「ミュージックバード」クラシック専門チャンネルのディレクター。「フェスティバル/トーキョー」で『春の祭典』(2014)、『ゾンビ・オペラ』(2015)の音楽ドラマトゥルクを務めた。大里俊晴『マイナー音楽のために』(月曜社、2010)企画、共編著に『ジャジューカ——モロッコの不思議な村とその魔術的音楽』(太田出版、2017)、雑誌「ふらんす」(白水社)に「マグリブ中毒者たちの告白」連載(2018)。「不自由の不自由展」(吉祥寺Galleryナベサン、2019)にオルゴール作品を出品、非定型バンドTaco等でリズムボックス、サンプリング、鍵盤楽器を用いた演奏(2015-)。


  1. P・ブルデュー著石井洋次郎訳(1992=1995〜6年)『芸術の規則(1・2)』藤原書店
  2. N・プライヤー(2008)「Putting a Glitch in the Field: Bourdieu, Actor Network Theory and Contemporary Music」『Cultural Sociology』2:3
  3. 南田勝也他編著(2019)『音楽化社会の現在〜統計データで読むポピュラー音楽』新曜社(特に第8章)
  4. コロンビア大学大学院修士課程修了。同志社大学大学院博士後期課程退学。博士(芸術学)。芸術学・視覚文化論専攻。著書に『トポグラフィの日本近代―江戸泥絵・横浜写真・芸術写真』(青弓社)、『記憶の遠近術~篠山紀信、横尾忠則を撮る』(共著、芸術新聞社)など。最近の論文に「産業資本主義の画像=言語――写真アーカイヴとセクーラ」(『PARASOPHIA京都国際現代芸術祭2015[公式カタログ]』)、「キッチュとモダニティ――権田保之助と民衆娯楽としての浪花節」(『大正イマジュリィ』)など。翻訳にジェフリー・バッチェン『写真のアルケオロジー』(共訳、青弓社)など。2012年、芸術選奨新人賞(評論等部門)受賞。
  5. ターンテーブル奏者、DJ、キュレーター。ニューヨーク大学で修士課程修了後、オランダSTEIM電子楽器スタジオ、香港城市大學School of Creative Mediaでの役職を経て現在は東京に在住。大友良英、シンガポールのユエン・チーワイとともにアジアン・ミーティング・フェスティバル(AMF)のコ・ディレクターを務めている。
    http://www.djsniff.com/
  6. 香港大学音楽学部教授、Society of Fellows in the Humanitiesディレクター。イタリア出身。近著はThe Sound of Absorption in Classical Cinema (Oxford University Press, 2016)。音楽美学、映画音楽、世界の映画史など自身の長年の興味を反映させて聴取の実践における歴史と理論を専門とする。今回は現在取り掛かっているウォン・カーワイの映画音楽について著作から「クラシック音楽のヴァナキュライゼーション」「音楽/ブリコラージュ/表象 ウォン・カーワイのサウンドトラック」について発表をする。
    http://www.music.hku.hk/giorgio_biancorosso.html
  7. 独立行政法人国際交流基金アジアセンター文化事業第1チーム所属。情報科学芸術大学院大学[IAMAS]修了。IAMASメディア文化センター研究員を経て、2008年より山口情報芸術センター[YCAM]にてメディアアートをはじめとする作品のプロダクション・企画制作等に携わる。2012年より文化庁文化部芸術文化課の研究補佐員としてメディア芸術の振興施策に従事。文化庁メディア芸術祭の海外・地方展開を含む事業を担当。同時期にメディアアート作品の修復・保存に関するプロジェクトを立ち上げる。2015年より現職。現在は、日本と東南アジアの文化交流事業の一環としてメディアアートの企画に取り組む。二松学舎大学都市文化デザイン学科非常勤講師。日本記号学会情報委員長。