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離れてしまったものを繋げる「台所プロジェクト」

 京都精華大学の講義棟のひとつである、愛智館の2階のベランダで、野菜を育てている人がいるという噂を聞いた。「家庭菜園」はよく聞くが、大学内で菜園とハテナが浮かび、「学内菜園」ともいえるものを見てみたいと興味が湧いた。調査を進めると、野菜を育てている方は、京都精華大学デザイン学部の先生であり、グラフィックデザイナーだった。デザインの中の野菜…。鑑賞用なのか。

 様々な疑問を抱きながら、京都精華大学デザイン学部の豊永政史先生にお話をお聞きしました。「学内菜園」の様子を、先生の言葉を交えながら紹介します。

豊永政史

京都市立芸術大学大学院ビジュアルデザイン研究科修了。現代美術等の文化領域を主たる活動の場とし、展覧会の広報物、図録、出版物のデザイン制作や、企業とアーティストとのコラボレーションワークのサポート等、デザインや写真を通して社会とアートとの接点をつくる仕事に携わる。

 去年までは愛智館の2階のベランダで野菜を育て、今年の4月から明窓館に場所を変えて活動しているとのこと。旧カリキュラム(SEEK科目)の、コラボレーション実習2の飼育科目という授業で「台所プロジェクト」を行なっている。「台所プロジェクト」とは、“台所”を通じて学生や教職員が、様々な世代や立場を超えて互いに交流できる“場のデザイン”を計画するプロジェクトだ。明窓館の2Fに設置されたキッチン設備を備えたIC3を想定して、多様な交流の場を象徴する台所の企画立案をしている。食事をするのには食べるという行為だけではなくたくさんの要素があるため、まずは野菜から育てるところから行おうと、学内菜園を始めた。

大根の学内菜園

 明窓館2階のベランダで大根を育てているのを見学した。

 農家さんに苗を販売している、タキイ種苗株式会社という京都の企業に協力をしてもらい、大根のプランターや土などを提供してもらっている。ここ、明窓館の2階のベランダは地面に接していないため、鹿などの動物に食べられることがない。また、太陽が東から出てきて、南の空を通って、西に沈む軌道に合致しているため、太陽が一日中射しこむという点でも、野菜の栽培に適しているのだ。

 今年育てているのは大根。冬に収穫予定で、卒業制作に忙しい生徒に大根だきを振る舞うイベントを企画中だ。余ったら切り干し大根や沢庵などの保存食を作れるという点からも、大根栽培に期待が膨らむ。

自家製野菜を使ったイベント

 去年までは、愛智館の2階のベランダで、茄子、胡瓜、レタス、トマト、バジルを育ており、収穫することができたバジルなどで流しそうめんイベント「麺会醬」を開催。この「麺会醬」は、流しそうめんのタレを、世界8ヵ国の味に変えて食す流しそうめんイベントだ。

 和風めんつゆだれ、中国風ごまだれ、韓国風テンジャンたれ、イタリア風ジェノベーゼたれ、カザフスタン風アジカたれ、インド風カレーたれ、ギリシャ風ヨーグルトたれ、ハワイ風トロピカルたれの、8種類のタレを作成。それぞれのタレをキャラクターにし、コンテストを開催するなどの工夫が凝らされたイベントだった。この、イタリア風ジェノベーゼたれに去年育てたバジルを使用している。

台所プロジェクト

 「食べることの周辺には、食べること以外にたくさんの要素がある」と豊永先生。食べることと聞いた時、何を思い浮かべるだろうか。食物そのものを連想したのは皆さんも同じだろうか。食べることの周辺には、まず、食物をどう確保するのか、次に、どのように調理するのか、何の道具で食べるのか、どこで誰と食べるのかなど様々な要素がある。台所プロジェクトでは、野菜を育てたり、器を作成したり、机を作成したり、キッチンのデザインをしたりすることで、食べるために必要なことを本来の姿で実現している。

 その様子を具体的に紹介する。食器は裏山の粘土層から採取した土を、器の型に入れて焼くことで自作している。畑のプランター囲いは、倒れた木を伐採し作成している。寛ぎを与えるために畳を使った、机にも椅子にもなる変化椅子を自作した。調理に関しても、ミッションを課して料理を作ることを行なっている。多くの分量をいかに効率よく調理するのかを考えたり、そこら中に雑草として生息している、「ハコベ」で「ハコベーゼ」というパスタを作ったりした。

 このように、食の背後にある見えなくなったものを見る体験を提供している。見えなくなったものとは、現代の食事の容易さが原因だと豊永先生は考えている。お金を出すことで簡単に食事ができることは、前述した食べること以外の要素について考えることが難しい。皆さんも1人で手軽に食事を済ませることも多いのではないだろうか。

 コミュニケーションの場としての食事を考える際に、“土間”と“居間”の境界にあった、昔の「台所」にあった意味を大切にしている。昔の台所は家族団欒の場所であったため、調理するためのキッチンよりも広い意味がある。家庭の中心であったはずの台所では、お父さんに説教されたり、おばあちゃんの世間話を聞かされたりするなど、世代を超えたコミュニケーションの中で価値や知恵が共有されていたのだ。時を経ていつの間にか別々になってしまった紐を結びたいという思いで、台所プロジェクトを行なっている。

台所プロジェクトの契機

 食事のコミュニケーションについて考え始めたきっかけとして、コロナウイルス蔓延による、大学生活の縮小にある。大学生活の学びとは、授業の内容だけではなく、無駄な時間をそれだけ過ごせるかということも含まれる。そのような無駄と思われる時間を提供してあげたいという思いから、台所プロジェクトを中心とした食事する場の提供を行なっている。特に、1人暮らしの大学生で、1人で食事をすることが多いのなら、家族のように一緒に食べながら交流したいと考えている。

  グラフィックデザイナーの豊永先生は、食事から新しい豊かさをデザインしていた。一言で食といっても、様々な人や自然や物が関わっていることを知った。今回は食について紹介したが、様々な想像力を膨らませることで、見えなくなったものが見えるようになるかもしれない。

(文/西村、写真/丸橋、インタビュー/丸橋・坂本・西村)