2016・4・8授業紹介,読みもの
ネットレーベル 分解系レコーズ(Bunkai-Kei Records) を主宰する Naohiro Yako さんを迎えた特別講義「ネットレーベルとインターネットの表現活動」のレポート、分解系の足跡を辿った前編に続き、後編では、司会の谷口文和(音楽コース教員)との対談形式で進められた議論を掲載します。話題はネットレーベルの役割に留まらず、シーンにおける「現場」や「共有感」の重要性、アーティストのスタンスといった問題にまで展開しました。
→ Naohiro Yakoさん講義レポート(前編)分解系レコーズの軌跡
谷口: 今ではインターネットに自分の音楽の音源を乗せることはいくらでもできてしまうわけですが、それと対比することで、ネットレーベルの意味が浮き彫りになるような気もします。カジュアルなサービスが出てきた状況にあって、Yako さんはネットレーベルをどういうものにしていこうと考えていますか。
Yako: SoundCloud に楽曲をアップして Bandcamp で販売することは、もう個人でもできてしまうので、ネットレーベルも個人も変わらなくなってきました。さらに Bandcamp でネット販売を始めるインディレーベルも出てきています。そうなるとネットレーベルの意味はどこにあるのか、ということは最近よく話題になります。
アーティストが所属して、そのアーティストの楽曲を販売して流通させていく、というのが従来のレーベルのあり方です。しかし分解系レコーズを作った当初から僕がやりたかったのは、それとは違って「ネットレーベルでコミュニティのハブとなりたい」ということです。要は、いろんな人が流入してきては出て行く先を作ってあげたいんです。
今は音楽を発表する場所によって、いろいろなコミュニティがあります。「ネット」と一言でくくっても、SoundCloud とニコニコ動画ではコミュニティは全然違うしユーザーも違っていて、ネットの中でも離れているんですよね。ニコニコ動画に依存して活動している人は SoundCloud を見ない人が多いし、SoundCloud で毎日音楽を聴いてる人も今更ニコニコ動画は見ないと思うんです。そういういろんな人をハブの中にどんどん流入させて、さらにインディーやメジャーのレーベルも加えてぐちゃぐちゃにしたい。例えば SoundCloud で活動してる人たちがコミケにいったり、コミケで同人でやっている人たちがインディーレーベルに所属するようになったりするための経由地点になればいいなと。それはやっぱり個人じゃなくて、レーベルという場所があることによって成り立つものです。
谷口: 例えば、レーベルを始めるきっかけだったという Go-qualia さんの場合、そのハブとはどういうものだったのでしょうか。
Yako: 分解系を始めた当時は、2000年前後から盛り上がっていたエレクトロニカが落ち着いた頃でした。イベントに行くとだいたい同じ人がいる感じで、外に広がりがないシーンになりつつあったんです。そこの人たちがニコニコ動画で活動しているアーティストを知らなかったりするのはもったいない、Go-qualia さんをいろんなシーンに見せていきたいと思って始めたのが分解系です。
谷口: リリースすることで、今度はそこから広がっていくわけですよね。メジャーとの仕事などは分かりやすい例ですが、どういう流れができているのですか。
Yako: Twitter の拡散とかで話題になってるのを、メジャーの人たちも結構見ていたりします。メジャーに最近新しく入った人たちがネットで育った世代だからネットで探すようになった、ということだと思います。「ネット発」みたいな単語が昔ちょっと流行りましたが、むしろネット発じゃないアーティストが今いるのかって話じゃないですか。
谷口: Twitter で話題になるといっても、作品やイベントを告知してもなかなか反応は得られないし、たまにあったとしてもすぐ頭打ちになります。しかし、例えば告知のツイートが Yako さんのような人に拾われると、ぐんとアクセスが増えたりします。SNSでは、自分が発したいことを発するよりも、どうやって接点を作っていくかがミソだと感じています。
おそらく、それは表現活動全般に言えるのではないかと。ネットによって自分の表現を発表するハードルは下がっていますが、むやみに増えた結果、発表してもそれっきりになっているものがほとんどです。Twitter のような瞬間的な消費に巻き込まれている状況にあって、レーベルというかたちで人が集まることに何らかの突破口があるのではないでしょうか。
Yako: レーベルには「キュレーション」と言われるような側面がありますが、そこで信頼を得るかどうかだと思うんですよ。日本だと Maltine Records からリリースされるものが未来の流行になっていくという信頼感があるから、ポンとツイートしただけでもみんな注目します。消費のスピードが激しくて、SoundCloud とか一日聴かないだけで相当な量になったりする中で、「ネットレーベルがセレクトした音楽のパッケージ」をいかに面白く見せるかで信頼感を得ていくのが大事だと思います。
谷口: それと、Twitter は非常に瞬間的な場ですが、ネットレーベルに関わる人たちが話題を回し合うことによって、その瞬間が持続している印象があります。ネットレーベルはもちろんリリースが核になるわけですが、それで完結していなくて、それをネタとして回していくうちに存在感が増していくというか。特に分解系は、個々のリリースに遊びとか話題性を入れることで、ネタにしてもらうことに自覚的という印象があります。
Yako: 普通のJ-POPとかを好んで聴いている人からしたら、うちの音楽は正直、普通に生活してたら多分聴かないだろうし、ものすごく分かりづらいと思うんですよ。だからこその見せ方です。『Dendel Voile』だったら X68000 がパンと出るという風に、見せる表現はポップにすることで取っ掛かりが作りやすいです。ちなみに、この時は有名なシャープのアカウントが大喜びで書いてくれて、結構バズったりしました。
弊社1987年のパソコンでつくられた、2014年の音楽。アレが27年後、コレに。私には、最高さしかない。 http://t.co/NiiEruXF6G pic.twitter.com/ACf2jgUo8J
— SHARP シャープ株式会社 (@SHARP_JP) 2014年12月19日
それと、僕がネットレーベルをやる上で大事にしたいのは、インターネット上の活動なのでインターネットでしかできない表現にするということです。普通のレコードレーベルだと、レコード店にポップを立てるとか、どういうMVをどこの番組に映すというのが広告の見せ方だと思うんですけど、うちでは『Creative Commands Compilation Data』にしても『Summerscape Compilation』にしても、全部インターネットでしかできない広告表現になっているわけです。
谷口: レーベルを取っ掛かりにした繋がりといえば、クラブミュージックとしての側面もありますよね。ネットに音楽をアップする人は、もともと個人で活動している人が多いだろうと想像しますが、一方でクラブカルチャーには、特定のクラブを拠点とした人付き合いがあります。
Yako: そういうクラブみたいな「現場主義」的なネットレーベルもあります。最近だと TREKKIE TRAX などは、現場で集まって聴くことを大事にしているレーベルだったりします。僕自身も18くらいからDJやVJをクラブとか現場のメインストリームでずっとやってきたので、現場でのあいさつや先輩後輩関係みたいなのも分かります。だけど、そういうのを見てきたからこそ、ネットレーベルではフラットな状態で、現場感を持たずにやりたいというのもあるんです。うちで出している人は割と一人でいるのが好きとか、クローズな空間にいたいという、あまり表に出たがらない人が多くて、そんなに現場でワーキャーやらなくても構わないんじゃないかなと。
お客さんにもオフラインとオンラインの違いはあると思います。2007年ごろから始まったニコニコ動画の盛り上がりって、インターネット上での共有じゃないですか。動画にコメントをつけ合って一体になっている感じがするのが、多分ニコニコ動画が流行った一番の理由だと思うんですよ。
でも、それがだんだん落ち着いてきて、お客さんがインターネットで見たものを現場で見たがっている、というのがここ数年の傾向かな。特にそれを感じたのが、お台場で開催された「ULTRA」というEDMのフェスです。このフェスはイベントの様子を YouTube でライブ配信するんです。ログも全部公開してる上に、各アーティストがかける曲も全部 YouTube に上がっていて、ネットで全部見られる。でも、みんな現場に集まりたがってチケットを買い、着飾ってカメラに映るという状況があるわけです。ニコニコ動画でも「ニコニコ大会議」辺りから、ネットで共有していたコンテンツを現場で楽しみたいというお客さんがものすごく増えた印象があります。
「オンラインで集めた客層をいかにオフラインに落とし込むか」というのが、今からの音楽業界に必要なことです。オフラインに集める手段は服でもいい。ファッションって自分が毎日身につけるものだから、ものすごいオフライン感があるんですよ。Maltine も服を出したりしていますが、それを身につけたいと思わせることが、ネットでどうやるかという部分だと思うんですよね。
谷口: 現場で盛り上がって一体感を得られるジャンルがある一方で、そこに馴染めない人たちの音楽もあります。そういう人たちは何を求めればいいと考えますか。
Yako: ネットのユーザーに向けてという意味では、共有感をどこに置くかが大事なんじゃないかと思います。ニコニコ動画のコメントの共有感で充分という人もまだいると思いますし、海外ではオンライン上だけでの音楽イベントもよく行われています。例えば「SPF 420」は、世界中の SoundCloud で活動しているアーティストが自宅とかでそれぞれインターネットライブをしているのを一カ所に集めて、ネット上の架空のイベントみたいなものを行っています。結局、「現場」じゃなくても求めるものは共有感なんです。
イメージによる共有感というのもあります。「Seapunk」とかまさにそういうカルチャーで、こういうイメージを Tumblr でどんどん共有するというジャンルです。Twitter も、今は公式リツイートというものがありますが、昔は自分で「RT」って書いて引用してツイートしなおしてたじゃないですか。それで、バズったときにタイムラインが全部その記事で埋まってたんですよ。当時 Twitter が盛り上がったのって、あの共有感があったということじゃないかと。
谷口: 視覚情報だとぱっと見て分かりやすいですが、音に関してもあるわけですか。
Yako: ありますね。SoundCloud 上でも音を通じたコミュニケーションがあるし、「Jersey Club」 という、特定の音をサンプリングしていくことで固まっていくという部分で共有しているジャンルもあります。
Yako: でも、これだけ言っておいて何ですが、分解系に関して言えば、共有感というのはあまり好きじゃないんです。ユーザーに対して共有感を与えるのは大事だと思いますが、共有感を得たいと思っていないアーティストももちろんいるわけです。「どんどん音楽で稼いでいくぜ」という人もいれば、分解系みたいに、仕事しつつ夜ちょっと音楽を作って配信したいという人もいる。
「何々のCDを出して、どこどこの賞を受賞しました」と、プロフィールがすごい長いデモが結構届くんですが、「じゃあうちからリリースしなくていいじゃん、その活動続けりゃいいじゃん」と思っちゃうんですよね。分解系としてはマイノリティを大事にしたいという基準があって、共有感を得られなくても別に構わないという人でも、そのコンテンツが面白ければどんどん出していきたいです。
谷口: シーンにおける共有感の重要性をよく認識されている一方、分解系はそれとは違うというところが、一見矛盾のようで、でもそのポジションのとり方こそが一つの場の作り方になっているようにも感じます。「自分はそうじゃない」と思うような人がそこに集まってくるというか。
今はメジャーで売れている人でも、大半が自分の見せ方を客観的に考えています。一方で、世の中ではマニアックだと思われているような音楽をとことんやっている人もいます。ネットレーベルがそういう人たちの拠り所になるのではないでしょうか。
Yako: 表現者として売れたいという願望が強いのであれば、自分を客観視してシーンを俯瞰し、求められることと自分のやりたいことのバランスをとらないといけません。「売れる」というのは完全にそういうことです。でも、うちは多分、自分がやりたいことをやりきるけど自分を客観視できないという人が多いです。
それに対して、作り手よりもそれを探す人が少ないと僕は思っています。Maltine 主宰の tomad 君は僕と同じく音を作らないですが、彼の手腕があって Maltine が今あれだけ有名になっています。ネットレーベルは聴く側の人が主宰する方が継続しているパターンが多いですね。
→ Naohiro Yakoさん講義レポート(前編)分解系レコーズの軌跡